西村有未個展「図形的登場人物(雪娘)と望春の花 」

会期:2020年7月24日(金) ~ 8月9日(日) 金、土、日開廊 13:00-19:00

会場:FINCH ARTS


雪娘(『ロシアの昔話≪愛蔵版≫』、内田莉莎子訳、福音館書店、1989年、P.132-133) 部分, 2019年, 530×530mm, oil on panel



望春の花2, 2020年, 330×242mm, watercolor and pastel and lacquer spray on paper


この度FINCH ARTSでは西村有未の個展を開催いたします。


 現在、私は「図形的登場人物」というイメージから出発した、絵を描いている。これは、民間伝承文学の研究者マックス・リュティの言葉を引用しており、簡単に説明すると「物語の展開を優先する為、個人的描写や感情表現を省略された人」を指す。

一様に、こうした扱いを行う物語には、明快な情報の欠如と単純な描写がある。それ故にこの余白には、むしろこの説明や描写の足らなさから、余計にその欠けているもの”への重みをこちらへと想像させるものがある。そして、この重みには新たな創造へと駆り立てさせる、引力があるのだ。私はその力を借り、絵具に代替することで、絵で物語る行為とマチエールの可能性を探っている。

という考えの下、数度目の春が来た。しかし、今年は私の知る春とはかなり異なるものだった。気が付くと、苦手だったはずの以前の様相が恋しく、その想いをどうにか昇華しようと、花のモチーフを中心にドローイングを重ねることにした。モチーフに留まらず、題名も笑ってしまうほど単純なのだが、「望春の花」と決めたのだった。

その、まるで喪に服すような期間が多少落ち着くと、描けないままだった図形的登場人物をまた描きたくなった。その時、知人の言葉がふと、思い出された。

自作において昨今、ロシア民話の「雪娘」をよく描いている。この物語の終盤では、たき火の飛び超えごっこを雪娘と友人らが行う。最後に、溶けてしまうことから遊びを躊躇した雪娘が、その理由を知らない周囲に何故飛ばないのかと問われ、結果としてたき火を飛び超え、彼女は溶け消えてしまい、そうして物語は終わってしまう。しかし、娘の感情や子細な姿は語られておらず、最後にただ「湯げは、ほそい雲になって、ほかの雲をおいかけながら、上へ上へと、のぼっていきました。」(『ロシアの昔話≪愛蔵版≫』、 内田莉莎子訳、福音館書店、1989年、p.133)と描写するのみである。私は、この顛末までに突発的な不条理や理不尽さを感じ、そこから想像される感情を手がかりに、娘の肖像画を描いていた。

一方、この物語を同じく知るその人は、「小さい頃読んでみて、娘は嬉しかっただろう、と感じた。現実的には、消えてしまうことは悲しいことばかりに感じられやすいが、消えることの全てが、悲しい出来事とは限らないのではないだろうか。」という風に語っていた。言われた当時は、物語の筋を見るに正直、その人の視点への戸惑いや危うさを感じ、警戒すらした。だが、少しずつ以前の図形的登場人物との制作へ距離を持ち、異なる場での時間やドローイングを通じた色々な感情を処理するプロセスを経た為だろうか、今、そのような捉え方も一つの考え方として想像することが出来るようになっていた。

「望春の花」と「図形的登場人物」は、直接の関係はない唐突な組み合わせだ。だが、春のドローイングを経て「図形的登場人物」への捉え方には変化が現れ、去年から今年にかけて、描き方も少しずつ幅が広がってきた個人的経緯がある。よって、今回の展示ではこれらの私的なグラデーションを一つの空間に置いてみたい、という思いに至ったのだった。

さらに、何かしらの気づきを得られたら儲けものである。


西村有未


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西村有未 | Yumi Nishimura

1989年東京都生まれ、2019年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程美術専攻研究領域(油画) 修了。近年の主な展覧会に「PIE314 FOR MAKE WORKS」 (ON MAY FOURTH、東京、2019)、 「第3回CAF賞入選作品展」(3331 Arts Chiyoda、東京、2016)、「TWS-Emerging2013:例えば祖父まで、もしくは私まで。こんもり出現」(TWS本郷、東京、2013) 、「毛わらと油」(美術出版社ビューイングスペース、東京、2012)、第3回CAF賞保坂健二朗賞受賞

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