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西村有未「犬石物語(I still live there)」

会期:2023年 10月13日(金)- 11月5日(日)

会期中の金土日開廊

13:00-19:00

Venue:FINCH ARTS

Artist:西村有未


《犬石物語り(I still live there)》H80.0×W80.0 cm, 2023, oil and oil bar and acrylic on canvas


  この度FINCH ARTSでは西村有未個展「犬石物語(I still live there)」を開催いたします。西村は「図形的登場人物」をモチーフとし、物語(イメージ)と物質(マチエール)の拮抗の中から絵画の可能性を探っています。「図形的登場人物」とはヨーロッパ民間伝承文学研究者マックス・リュティの著書「ヨーロッパの昔話 その形と本質」にて使用される構造的な概念で、"昔話"において登場人物は余計な内面描写や装飾を省き、平坦に、図形的に描かれているというものです。西村はこの概念を出発点としますが、彼女の絵画は決して図形的登場人物の内面を描くための挿絵を目指してはいません。そこにあるのはイメージでもマチエールでもないもの、あるいはイメージとマチエールの重なりであり、それによって生まれる別の何か(絵画としか言えないもの)です。

 本展では新作の"絵画"数点が展示されます。どうぞご高覧ください。



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個展に向けたエッセイ


ここ数年、どうすれば「物質へイメージを吹き付ける様な表現」を「吹き付けず」に、物質へイメージを与えることができるのだろうか、と逡巡している。

前者の表現方法は、フォートリエの「人質シリーズ」を通じて出会ったものだ。彼の作品には、事前に物質性を強調しながら塗り置かれた面へ、顔料をまぶしたり、何かで引っかいたり、筆を引いたりすることで、具体的なイメージを表出させている。この「物質→イメージ」という工程と彼独自の描法に対して、私は「物質へイメージを吹き付ける様な表現」と例えている。

加えて、このような在り方に対して、物質とイメージ(もしくは物語)を拮抗させるような絵画表現と考え、そこに可能性を見出している。さらに、この綱引きによる揺らぎの中から立ち上がる領域が、モチーフである「図形的登場人物」との親和性が高いのではないかと当たりをつけているわけである。(なぜ、当たりがつくのかについては、また次の機会にお話ししたい。)


私は逡巡した結果、「物質へイメージを吹き付ける様な表現」を「吹き付けず」に実現する為の手がかりが、この表現から観察できる「物質のイメージ化」という構造に、そのヒントがあると考えた。

図1 イメージの物質化の一例



そもそも時代を遡ると、絵画の物質性が露わになる過程には、イメージを再現するために筆を塗り重ねる従順な行為が中心にある。結果として、層は集積され、そこには事後的な現れによる厚みが生まれる。仮に、この在り方を「イメージの物質化」と呼んでみよう。


図2 物質のイメージ化の一例



対して、フォートリエのマチエールの在り方には、逆転された「物質のイメージ化」とも言える構造がある。ここでは、まず物質が直に厚く塗りおかれ、イメージの再現を追求するような細やかな積層を成していない。そして、この事前に用意された物質に対して、どのようにイメージを引き出すか、というアプローチが線描や塗された顔料によって行われている。ここでは、具象的な表現が担保されつつも、早い段階で描画材自体の物質性が主張として強くある。そしてこの様相は、先ほどの「イメージの物質化」のように、物質がまるで液体のようにイメージへ浸透/回収されて生まれたもの、とは考えにくい。つまり、ここではどちらかというと逆転された現象が起きており、事前に置かれた物質から事後的にイメージが引き出されているという点において、「物質のイメージ化」と言う構造が見いだされる。

「物質のイメージ化」を行う彼の制作方法においては、実は線描よりも顔料を吹き付けるように塗す行為の方が、物質がイメージを醸すという感覚に抱かせ、非常に特徴的であると考えている。よって、彼の線描行為も織り込んだうえで、あえて「吹き付ける」という比喩により、強調して呼んでいる。

そのようにして、私は彼の作品を「物質へイメージを吹き付ける様な表現」と認識し、作品の構造を「物質のイメージ化」という視点で紐解いている。


上述のような気づきから、当初はフォートリエの手法を転用させるような展開を自作品でも考えていた。しかし、単になぞるだけのような行為には、面白味を感じない。それとも、文字通り「吹き付け」たければ、油性スプレーでもザっと吹き付ければいいのだろうか。

いや、違和感しかない。こうして、「物質のイメージ化」を「吹き付ける」様な制作行為以外で、どのようにしっくりとくる形でアプローチ出来るのだろうか、とぼんやりと考えながら、ここ数年制作を続けてきた。


そんな日々の中、「物質のイメージ化」を実現するにあたって、自制作の中では絵具の垂らし込みやオイルバーを用いたフロッタージュ的なアプローチが有用である、ということに気づいた。ここでは、物質性の強いマチエールからイメージを「掘り出す/発掘する」という表現が捉え方として適当かもしれない。また、「物質のイメージ化」という考え方も、下敷きとなる図形的登場人物の設定が、自分だけにわかる記号として織り込まれていれば、結果として具象的な形態に成らずとも良いと判断するようになった。

ここから、現在の制作方法を大まかに説明する。まず、砂の混ざった不透明な絵の具を厚く塗り置く。そこに絵の具を垂らし込んだり、オイルバーをのせる。すると、事前に発生している凹凸に、これらがフロッタージュ的に合わさり、または沈み込んでいったりと、新たな表情が生まれる。そうした行為を楽しみながら進めていくと、どこへ進めば良いかわからなくなり、迷子になる。迷子になったら、次に進むための座標として図形的登場人物のイメージからくる記号を画面内に置く。(これは多少異なるかもしれないが、フォートリエ「人質シリーズ」の目の表現などが近いかもしれない。)すると、そこに道しるべが出来る。もし、それでも見つからない場合は、何日か休憩を挟みながら観察し、時に眼鏡をはずして0.1以下のぼやけた視界の中から「なんとなく、あの辺を触れば動き出すかも」という触りを見つける。もしくは、一度バケツをひっくり返すように、絵具をぶちまけたりする。そしてまた、たらし込みやオイルバーを用いたり、制作に終止符を打つために筆を動かし微調整をおこなったりする。このように右往左往しながら、私の画面は立ち上がっていくのだ。

今回の個展では、以上のような考えをもとに作ったり、時にはその考えを無視したりした、いくつかの作品を並べようと思う。

現状では、「物質のイメージ化」を行うための、先述の制作行為を「掘り出す/発掘する」と仮に呼んでいるが、今後はこの呼び名も含めて、表現方法について更に検討していきたい。


最後に。引用されたモチーフは、引き続き「犬石物語」である。不条理であったり悲哀のある何らかの出来事を通じて、石になってしまった犬のいくつかの話がソースとしてある。

しかし、これまで何度もお話しているように、私の作品は図形的登場人物のための挿絵ではない。


                                   西村有未


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西村有未(Yumi Nishimura)

1989年東京都生まれ。2019年京都市立芸術大学大学院 美術研究科博士(後期)課程美術専攻研究領域(油画)修了。物語と物質(マチエール)を拮抗させることで、絵画の可能性を探っている。近年の主な展覧会に「呼水(図形的登場人物たち)」(Ritsuki Fujisaki Gallery,東京,2023)、「図形的登場人物と雪娘 シーズン2」(FINCH ARTS,京都,2022)、「絵画の見かた reprise」(√k Contemporary,東京,2021)、「猫とマチエール」(MtK Contemporary Art,京都,2021)、「Encounters in Parallel」(ANB Tokyo,東京,2021)。「第3回CAF賞」(3331 Arts Chiyoda,東京,2017,審査員賞「保坂健二朗賞」受賞)等。収蔵先には、高橋龍太郎コレクション等。

展示記録:映像

©︎Yumi Nishimura, Movie by Tatsuki Katayama, Courtesy of FINCH ARTS


展示記録

©︎Yumi Nishimura, Photo by Haruka Oka, Courtesy of FINCH ARTS

Date:16/Oct/2023

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